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2008年3月12日 (水)

検索結果順位がすべてを制する時代

モバイル検索がもっと人々の依存を高めたとき、それは絶大なる「権力」となる時代がすぐそこまでやってきている。今はそれでも影響力のある公式メニューの順位を決めるロジックとして利用者数とか・アクセス数とか公明正大な指標があるうちが花である。そのうち、この分野はとんでもないブラックボックスと化し、アルゴリズムという名の利権がうずまく世界になるのか、特定の許認可・資本関係を持つ会社・既得権益を握る会社に上納金をおさめる世界になる。来る4Gの世界をわかりやすく書いた本を読もう。
それであれば、独占は許されないべきだ。競争があり、人々が選択できる経済原理こそがすべてを解決する。キャリアが増えるとかMVNOであったり、検索サービスとして異質なプレイヤーが提供し「続ける」「生きのびる」ことである。私が何を言わんとしているかは、多分そのうち明らかになっていくことだろう。
100万人の利用者の支持を集めることは競争ラインにのる上での前提の第一歩になりつつある。そんなのは単なる通過点に過ぎず成功のラインでもなんでもない。
一方で1000万人の破壊型の無料サービスを作ることが正しいのかもわからない。モバゲーの本質はgoogleのような破壊型の無料サービスのように見えて実はそうではない。今やアバターを購入する数十万人の顧客に誠意を尽くす有料コンテンツであり、そこを原資とした強力なコンテンツ配信ポータルである。友達紹介を中核としたインセンティブメディアである時代は2007年春ぐらいを境に変わったことを見定めないと戦略を見極める上での重要な本質を見失うだろう。
結局は何を価値として示せるかである。検索サービスは無料コンテンツへの導線ではない。無料サービスを提供することは最後の手段だと思っている。

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