2009年2月13日 (金)

SNSのオープン化

昨日は、SNSオープン化の最先端の話をいろいろ聞いてきた。この分野は、日本は2年ぐらい遅れているが、新たな成長の源泉として期待できそうな分野だとひしひしと感じている。日本国内でやるのであればちょうど今はiPhoneなんかよりもゴールドラッシュ前夜のようにも見える。IVSの次のテーマでもあるらしい。

キラーコンテンツ・アプリケーションを作る戦略も大きく変わることだろう。これからはキラーアプリなんて要らないのだ。(多分)SNSとはそうしたプラットフォームだと思う。稀少な存在であるでっかい需要がありふれたちいさい需要を支える時代は変わっていくことだろう。ホームランを狙わずたくさんのヒットを狙う。メディアビジネス的には、あまりつまらない世界になりそうだけれど。。。。

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2008年12月 2日 (火)

師走の香港

昨日からカンファレンスに参加するために香港に来ました。英語がうまくしゃべれないのに、生まれて初めて英語でプレゼンしました。

自分的には勝手に派手な都市のイメージがあった香港ですがやはり派手で、年末に向けてクリスマスイルミネーションで街はかなりにぎやかです。(ショッピングモールをぶらぶらしていると、ブランドショップで日本ではみたことのないものがいろいろ売っていたりして、すごく欲しくなりました。)

それにしても全然寒くないのが日本と違うところです。確かに夜になると15度前後になって若干肌寒いですが、昼間はかなり暖かいです。暖かいのにクリスマスの曲が流れるのがとても不思議です。夜の繁華街がかなりお洒落です。マカオほど世俗的でもなくて、度胸試しにいろいろ行きました。

香港には何度か入国したことはありましたが、トランジットなどで一時的に通り過ぎるだけでなく、実際に宿泊して、街の雰囲気を朝から晩まで体験するといろいろなことが見えてきますね。

明後日は陸路で広州に行く予定です。

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2008年7月 5日 (土)

シンボルの必要性

商品やサービスにおいて「マス」をターゲットにするなら、強力なシンボルが必要である。シンボルのうち今回は「送り手側の人」について考えてみたい。これまでの消費材であれば、それはCMに登場する「イメージキャラクター」の場合が多かったような気がするが、最近は新製品発表会でプレゼンする「社長」「担当事業部長」であることも多くなった。アップルのシンボルは「ジョブス」である。任天堂は「岩田社長」である。ニコニコ動画は「ひろゆき」である。mixiは「笠原社長」である。

このように大衆は、ヒット商品をその性能や斬新さ(コンセプト等)だけを中心として、理解しているわけではない、ということは多くの人が理解できることだろう。私は案外そこに組み込まれる送り手側の「人」というものが大切であると思う。

雑誌であれば、編集長、ウェブサイトであれば、ウェブマスター、コミュニティーであれば、管理人、こうした人たちをもっと評価していかなければならないと思う。特にコミュニケーション装置であるウェブサービスではなおさらであると思う。

評価していく、ということはそれだけ責任も問われるわけで、そういう意味で、利用者から作り手側にまわる、というのは、多くの入社希望者がことさら話すことだが、案外言い切るのは大変な覚悟だと思う。利用者の視点で、というのは、自らが単に利用者であればよい、ということではない。利用者を常に先に導いたり、利用者をあるときは待ったり、利用者にひっぱってもらったり、異なる価値観を持つ利用者を包み込みうる強力な人間としての重み・多面的な視点が問われたりする、と思う。好きこそものの上手あれ、であるが、中途半端な「好き」や「興味」から作り手に回ってしまうことは、どこかでヤケドをすることだろう。

ネットサービスにおいては、このように「斬新なアイディア」や「強力なシステム」や「ビジネスモデル」で、ヒットサービスが作れるわけではないことをもっと強く意識する必要がある。キラーコンテンツは「確率論」とそこに介在する「人」という未知数のパラメーターが存在し、それは、仕組みやロジックや概念で制御しうるものではない。もっともだからこそ、弱者にもチャンスがいつの時代にもある、といえる。

誰しもがモバゲータウンやmixiを作れるわけではない。「確率」という不確定要素をいかに最小化し、確定要素で外堀を埋め、「人」の人選。別にネットサービスに限った話でないと思う。そして送り手の人の要素を過小評価してしまったとき、サービスは空中分解を開始することだろう。モノ作りはメディア・デジタルの世界でも結局はある種の職人芸であり、そんな簡単に大量生産できるものではない。職人がパワーを発揮しやすい状況を常に問いながら作り出していくことしかない。

とまあ、偉そうに書いてみた。たまにはいいかな、と思って。

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2008年5月 1日 (木)

amazonのデザインが変わった

ニュースになってないけれど、これっていつ切り替わったんだろう。
8年のUIを変えるってなんかすごいぞ。ユーザーごとに限定的に変えているのだろうか・・・。

それにしてもこのUIはかなり使いやすそうである。ようやく大御所が動き出した。bookストアからの脱却が一気に進むな。ECの勢力図に影響を与える一コマとなることだろう。

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2007年11月 3日 (土)

mixiが開国

APIが公開されるようです。開国を迫った?のはよりによってgoogle。

モバゲーはどうするのでしょうかね。

私はこのAPIを活用したサービスをいくつかしかけようと考えています。(と言ってみる)

ここからの時代mixi・モバケーなどに対抗していて暢気にゼロからSNSサービスを立ち上げているようでは正直だめでしょう。彼らを活用する時代がすぐそこまでやってきているのです。

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2007年8月11日 (土)

パケット世代の話その2

http://japan.cnet.com/sp/mbs2007/story/0,3800078384,20353181,00.htm

7月の初旬に参加した福岡でのパネルディスカッションの内容が記事になりました。

世の中の大半の人はまだまだ、携帯とPCの主従関係なんて考えること自体ナンセンスだ(そういう考え方自体が主従関係を意識したもののように感じますが)、とかいろいろあるみたいです。

ただ私は携帯がPCでできることが、今の親指インターフェイスの延長線上にある、広義のユーザーインターフェイスが洗練された環境で全部できるようになれば、携帯とPCの関係は、今のwindowsにおけるmacのような立場になっていくのかなあ、と思っています。

今PCで実現していて携帯で実現できていないところは、アプリケーションの自由度だと思うのは自分だけなのでしょうかね・・・。

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2007年5月20日 (日)

なぜフィードビジネスは失敗したのか

一時期もてはやされたフィードビジネスですが、私が見る限り昨今ではすっかり元気がありません。

RSSにかわるわかりやすい名前が登場せずいまだ玄人向けの世界になっています。いやそれどころか、ブログが一方的にコモディティー化しそこにのっている情報価値が相対的に下がり、セマンティックとは可逆なクローズドなSNSが巨大化し、情報流通・セマンティックウェブの世界ではいまやAPIが主流になった今、その役割は終了寸前なような気もします。

その世界を面白がって参入するプレイヤーがいなくなってしまったというのも、大きいのではないかと思います。

まあ逆に見れば地味に浸透しているのではないかと見ることもできるわけで、それにしても何か以前あったワクワク感がないんですよね。まあ分野も少しずれてるしどうでもいいか。

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2006年12月19日 (火)

保守と革新

これは別に政治の世界に限ったことではなくて、今風に言うなら「こちら側の世界」だけではなくて「あちら側の世界」、もう少し具体的に言うとインターネットやモバイルの世界、にもあることなんだけれど、最近その断絶がひどくなってきているような気がします。もう一種のヒステリックみたいな感じになってきてしまっていて、それがいい加減、ちゃんとした帰着点を見いださなくなってきているのではないかとすら感じます。

それはなんだか異文化コミュニケーションの次元なような、、、。

こういうときは原点に立ち返って、それじゃあ普通は(こちら側の世界では)そういうときにどういうことが起こってどういう勢力が台頭してくるのか、どういう再編があるのか、自分自身で今一度よく考えてみたいものです。

winnyだぁ、YouTubeだぁ、インターネット万能だぁ、といってても始まらないし(弁護士とか法律改正とかそうはいってもまだまだネットになじみが薄い世論がついてこない)、権利ビジネスの発展のためにもっと私権を制限してでも権利者の利益を守るべきだぁ、と行き過ぎた規制をしたり、規制のための意味のない仕組み・業界構造を作ったりしても、消費者もそこまで馬鹿ではない。

とまあおせっかいながらここまでくると、私自身もいい加減さめた目になってきちゃいます。

モバイルの世界でも、勝手サイト万歳だとか、公式サイトのビジネスモデルは崩壊するとか、10代のユーザーの特異な携帯サイトの利用状況に世代の断絶があってなんかすごそうとか、今更騒がれても、、、、、ねぇ。そんなの2000年のときぐらいからずっとあることですかね。(そんなことを知らないでモバイル業界で長く仕事してる人はあまり聞かないですね)で大体そういうときって得てして逆の結果になっちゃうもんですね。

まあ自分はそういう世界に浸りすぎているのですかねぇ。私にはよくわかりませんが。まあ勝手に騒がせとけばいいんですかね。

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2006年11月 7日 (火)

ポータルサービスはSNSに飲み込まれる

http://www.itmedia.co.jp/anchordesk/articles/0611/03/news013.html
ソフトバンクが、myspaceと資本提携するニュースが流れる中、SNSは単なるSNS以上の可能性を秘めたものとして語られ始めています。SNSは、ポータルサービスの対抗馬というよりは、すべてを相対化する情報検索プラットフォームとの相性が今のところ悪いようにしか思えず(囲い込み・ソーシャル化と、情報の相対化は今のところベクトルが反対)、ポータルよりはサーチエンジンとの案外壮絶な戦いとなるような気がしています。

そんなSNSの行き着く先はYouTubeの次なるキラーなるネットサービス、RMTとかそのあたりなのでしょう。そして確実に言えちゃいそうなのは、このあたりの分野についても「モバイルがあるとき突然世界最先端・世界最強収益分野になる」ということあたりでしょうか。

そういう確信犯をやりとげるときの進め方のプロセスとして、モバイルの分野に特化して早くから先進的に取り組むようなやり方は、実はいまさらおすすめできないように感じてしまいます。つまりは最初からモバイルを狙いつつも、意図的にモバイルとは可逆の戦略でステージを進めていく、ぐらいがちょうどよいのではないかとすら感じるのです。

これからのモバイルコンテンツフロバイダーは、モバイルに変にこだわりがないぐらいが通信キャリアからも受け入れてもらいやすく、むしろ逆にちょうどよいということなのでしょうか?

お金(収益化)やユーザーに対する接点を要所・要所で押さえられるか、検索・SNSの次の戦いが新たにモバイルの分野で始まるのかもしれません。

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2006年10月25日 (水)

またまたAPI

そういえば昨日飲んでるときにいとーさんが教えてくれたAPIが本日公開されました。

http://www.simpleapi.net/blog/?m=20061025

これ、もうちょっと早ければぐいぐいいじって当社の検索サービスに生かせたんだけれどもなあ、と。このAPIもそうだし、ちょっと前に作られた最寄り駅APIとか、むちゃくちゃ旬ですね。本当に世の中API乱世ですね。

ブログがカスタマイズし放題ならこれはいろいろ使えるのになあ、と思いました。

wikipediaはまだまだ活用できるアイディアが猛烈にあって、モバイル向けりサービスとしてだけで使っていては大変もったいないなあ、というのは痛感しています。

こういうのが今すごい勢いで世の中に出始めていて、なんて面白い時代なのだろうと思います。2000年のころサービスを作り始めたときのことをよく思い出します。でもそれで飯を食べていくのは結構大変ですね。

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