2008年2月26日 (火)

稼ぐってなに?

はてなダイアリーの分裂勘違い劇場になんかいろいろ書いてあるけれど、そんなに京都で働くエンジニアを悲観するなら、シリコンバレーに行けばいいのに素直に思ったのは自分だけなのかな。
ただ一方で人はいいことを言っておいて、都合が悪くなれば自分のいいようにしか解釈してくれないものだ。がんばったから(成功したから)後から突然分け前をよこせといったところで、分け前をよこしてくれるかは、そんなのは全くわからない。ただ、そんなものに期待したいなら自分でリスクをしょって山に登るしかない。まあ「リスク」(分け前をくれるかもリスクだし、自分で山に登るのもリスク)はその時々に常に最小化した上で登れということだ。でもリスク回避最優先思考になると(賢いふりをするエンジニアが往々にして陥る)、大切な時間と経験を得られうるチャンスを失うという最も重大なリスクを背負うことにもなりうる。時にはバカなふりをしろ。

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2008年2月 3日 (日)

前に向かっての走り方

ベンチャーで仕事をするようになって、周りや自分自身で苦しんで学んだことはいろいろあるのですが、その一つが物事の進め方についてです。(こういうのは最近そういえば言わなくなってた)

例えば結論は最初から決まっていると決め付けると本当に決まってしまうということを私は学びました。一方で自分は結論を決めずに行動していますが、それだけでもいけないということも学びました。

ほかにも

考えてから走る・着手すると、考えないで走っている人に結局は負けてしまうことが多いから、走りながら考えろ(中途半端に頭を使うとうまくいかない。ま、そういうのは私に言わせれば頭を使っているふりをしている、と言うんですがね)

とかいろいろあります。逆にこういう発想や物事の進め方はベンチャーならではであって、他の分野では生かせないことなのかもしれません。

まあ物事の進め方とかに限らないのかもしれませんが、せっかく挑戦者という立場なのだったら「自分に溺れるな」「自分を見くびるな」ということですかね。体力がないとか、頭が悪いとか、環境が悪いとか、世の中が悪い、とかまあいろいろありますからね。

同じように人は悩み、ある人は前に進み、ある人は横に進み、ある人は後ろに進むのです。その差はわずかだからこそ、勝手に壁や限界を作ってはいけないのです。とにかく走る。走りながら壁や限界を感じつつ悩みながらも走って超えていく。

逆に今前に進めなくなっている人も、前に進むのはほんのわずかな差だ、ということが言いたかったのです。横に進んだ人がいたら「隙あり!」と前に進んで組織の中で昇進していく、競合を出し抜く事業やサービスを作り上げる、ぐらいのたくましさが必要ですね。

もちろん走り続けるためには仕掛けも必要だし、筋トレも必要です。それを仕事に置き換えたら何になるかぐらいは自分で考えてください。

なんか説教くさいけれど。忘却録として。

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2007年1月11日 (木)

サービス産業における働き方

ちまたではホワイトカラーエグゼンプションが話題ですね。身近なところでは下の記事あたりを読んでおけばよいのでしょうか。(反論コメントも含めて)

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/f04ba9e037aed869b9ee78e854969e06
http://www.37da.jp/archives/50985192.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%82%B0%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

私は経営者としての立場もあるので微妙ですし、サラリーマンの期間が短かったのでよくわかりませんが、私がこの業界で仕事をするようになって一番つらかったのは、時間軸で仕事を進めていない自分の仕事の進め方に対して、特に家族や両親にこうした仕事の仕方の現実をなかなか理解してもらえなかったことでした。

そうはいっても経営者になったぐらいのときから少しずつ認めてくれるようになったのかなと思います。雇用者と被雇用者とで立場が違う部分がありますし、明確な報酬に対する評価制度が整っている会社とそうでない会社とではまた違うと思いますからなかなか一般化するのは難しい問題です。

ただ自分なりに思うのは、人生就職してから5年、ないしは若いときに経験した仕事の仕方・経験した時間の流れ方は案外その後の人生観をきめてしまうものだなあということでした。

人生には何度かピンチがくるものですよね。(こない人もいます)ピンチを乗り越えるためにも、必死で生き抜く濃い時間を一度は経験しておくのは悪くないと思います。仕事においてもしかりではないでしょうか。濃い時間を過ごすためには、仕事をしていく観点からは何が必要なのでしょうか。

必要なものをを見つけることよりも社会で仕事をすることは、受験勉強をしていたときなどと比較して明らかに、理不尽なことだったり、不確定的な要素が必然的に絡むものです。だから私は、濃い時間を過ごせる仕事の経験をしていく上で障害になること「だけ」をただひたすら取り除けるか、考えていればよいのだと思っています。0%にはできないけれど、それでもどう生かして進めるか、みたいな感じでしょうか。(ある意味激務から自分を守り体調維持することも障害を取り除くことだと思います)

時間単位での労働評価が障害にならないのならそれでよいと思うし、障害になるのであれば(バリバリ働いて失敗も成功もリスクをとって体験したいと思うのであれば)こうした制度を支持したり、こうした制度に近い労働環境(昨今のモバイル業界は最適では?)で仕事をすればよいのではないかと思います。

もっとも人生稼ぐことだけが目的ではないと思いますが、体は大切にしたほうがよいです。体調を崩しても多分会社は守ってくれません。フリーランスで仕事をしていれば(リスクをとってバリバリ働くある意味究極系かもしれませんが)仕事を失う以上に流れの速い業界では致命傷となり、その上お金がなくなります。

個人的には会社も制度も使いよう、使われようだと思います。


私にとってこの5年間は体調を崩した時期もありましたが、本当にエキサイティングな5年間だったことと思っています。こんな経験ができたことはある意味至 福の喜びであります。それはあるときはこっぴどく使われたことになるのかもしれませんが、全く後悔はしていません。体調を崩したり、ピンチになったりした こと含めてすべてに感謝しています。

かなり説教くさいですね。すみません。
でも何か新卒の学生に読んでもらいたいような内容でした。

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2006年8月21日 (月)

人が知っていることは知っていて当たり前

えー、一応本はそれなりに読む人だと思うけど、自分自身のためにも正論を書いておく。(忘れないようにするため)

雑誌とか書籍で「この本いいよ〜」と進められて読む本・雑誌の特集は、読んで新しい発見があるのではなくて、読んで他人が得た知見・知識においていかけないために、ただひたすら読んでおかなければならない、という意味で必要な本。でももっと必要なものとは、他人がなかなか読むことができない内容・例えば日本語にまだ訳されていない本や一定の会員のみしか読めない本だとか、もしも一般の人たちと同じ本を読むのなら、その本の行間を他人よりも相対的にいかにたくさん読めるか、別の知見を得られるか、である。

以前のブログには、どちらかというとそういうところがあった。最近ではこういったブログにおける知見もRSSリーダーや、他のブログワールドをコモディティー化する各種ツールによって、ずいぶんと様変わりしてしまったものだ。今や街の騒音とだんだんかわらなくなってきた。だから定量的に計算して流行を測定するようなサービスの精度がどんどん上がる。そうなってくると、ますます重要な情報はまた奥にこもってしまうものだ。

本を読んだり、情報を入手することが普通になるのであれば、あえて断絶する方法を選べるか、とかそういうことだ。(まあ、知り続ける欲望を持ち続けられる人は案外少ないから、別に今のままでもいいのかもしれない。)

実はセミリタイアした、ネットビジネス創業者で何人かの人は大学院に戻って勉強をしていると聞く。私も2000年にモバイル業界に入った後、いったん距離をとって大学院に戻った時期があったけれど、それが今の自分の仕事・知見を支えているような気がする。そういう場所が必要なのかも。はてなの場合それがシリコンバレー移転だったり・・・。(よくわかりませんが)

とまあ、ちょっとこころの移り変わりを書いてみた。

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2006年4月 5日 (水)

鉄板料理

昨日は久々にグリーの田中社長と夜に食事しました。場所はご自宅も近所とか、広尾の某鉄板料理屋です。グリーの社内もいろいろと見させてもらいました。白いワイシャツのようなイメージで、きれいな感じのオフィスです。

ネットサービスの作り方の話とか株の話とかマネジメントの話とか、ぶっちゃけトークとかいろいろありました。なかなか面白かったです。

田中さんの周りは私のイメージでは成功している人がたくさんいて、メジャー感のオーラが出でいる気がしています。だからミクシィがあっても全然大丈夫な感じがするんです。競合はミクシィにあらずみたいな。ポジティブな考え方とかいろいろなところにその原因がありそうですが、そういうところは私はもっと見習わないと、と感じました。私自身が結構ぶっちゃけそれでどうなの、とか自分を故意に曲がった角度から試してなんとか全体としてのバランスをとっていくみたいなスタイルで仕事をしているところもあって、当社には会社全体として地味であまり成功しまくっているオーラが出ている感じがしないのが、会社として、自分個人として今一一つ上のステージに背伸びしてジャンプしきれない部分なのかな、と思いました。

売名行為とか、のしあがっていく、とかもっと素直に受けとめられるようにしたいものです。背伸びをするとあとが大変だとか、ぶっちゃけその後始末は誰がするのとか、いろいろ考えすぎると何もできなくなってしまうところは多いので、そういうのは私がどんどんリスクをとって、ひっぱっていくしかないのかもしれません。

会社の戦略でありポジショニングは、絶対値的に最初からできるものではなく、外部との相互依存性との中で少しずつ出来上がっていくものだと思います。(外からどう見えるのかみたいなところからできる部分がすごく大きい気がしています)そういう意味でもっと外に対して地味ではなく、普通にメッセージを出していくようにしたいものですね。

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